星の下

心がざわついたひとときと、そこから丸2日、取り留めのない思考が散漫して、過去や現在や理想や現実を駆け巡った。
そのままにすれば何事もなかったこととして記憶から消えるだけだが、久しぶりに「想い」を書き残しておこう。

映画を観たり、人と会ったり、人間観察してその個人個人の人生を妄想してみたり。そんなとき、よく眠りの中で夢をみる。いくつかの夢は前見た夢と繋がるようになる。ただ、夢の中の自分が若すぎることに気付いてから、現実を受け入れることができていないようで自分自身を蔑むようになった。そう意識してから、夢の中で登場する自分と今の自分の年齢を比較できるようになり、夢の中で「夢の中にいる」と認識できるようになった。

はっきり言って、ぼくは情にもろい。

そしてそのもろさが人から優しいと言われる理由であることは自覚している。

それでいて、クール。

情の押し売りはしない。去るものは追わない。いや、追わないのではない、追えない。立ち止まることしかできない。でも、もしかしたら、と戻ってくる場所を用意してしまう。それは相手にとって自らの存在を重くしている、もしくはもはや相手にとって無価値であると気がついたとき、ぽっかり空いたスペースを眺めては、己の愚かさを嘲笑う。

手と手を繋ぐのが好きだ。

恋人同志、高め合う者同志、友達同士、親子、支える人と支えられる人。
そこから生まれるシナジー、安心、解放、癒し、やさしさ。
そこには状況に応じた「見えない力」があると信じている。

先日、持病の検査を受けた。検査医が「だいぶ良くなってますね」と言ってくれたとき、「よかった」という安堵の声がボソッと漏れてしまった。その声を聞いた看護師が「よかったですね」とそっと肩に手をかけてくれた。
それだけのことかもしれないが、その手のぬくもりを検査着越しに感じたとき、言葉以上に心底安堵したことに気づかされ、我ことながらに驚いた。

触れる。

「夢の君」という楽曲を過去に創った。
その歌詞を久しぶりに読み返して、胸が詰まる。

その曲をカフェで披露したことを思い出す。
演奏後、ぼくを知る年配の方に「おまえ」と頭を叩かれたが、いまだにその理由は分からない。
でも何らかの感情に触れたゆえのアクションだったのは確かで、それが嬉しかった。

星の下。

余生に思うことは、歳を重ねるごとに変化していく。
なんでもできると可能性に満ち溢れていたときから、その可能性が少しずつ現実に置き換わっていく。
さらにその先は、うまくいっているときは明るい未来を描けるが、うまくいかないときは自己否定になって不安や後悔の念に駆られる。
人はそんなに強くない。
だからこそ安定という社会は感性が刺激されることから守ってくれる。
それゆえ、感性の鈍化という副作用が生じてしまう(今にして思えばそう思い込んでいただけかもしれないが)。

いずれにしても、安定の外へ飛び出した。
その瞬間、希望という概念を取り戻す。と同時に自らの感情に押しつぶされそうにもなる。その感情の振り幅が大きくなる。生きてる、と実感する。
だからこそ、そこから抜け出した世界は美しい。
そしてまた押しつぶされる。
繰り返し。
そうやって5年が経過した。

何も達成できていないが、何かを達成することよりも重要なことを知った。
「呼吸」が好きだ。
だから知りたい。
「感情」が好きだ。
だから触れたい。

ここに目印を残しておく。
いつでも戻れるように。

なぜ、そんなことをするかと思うかもしれない。
ただぼくがそういう人間というだけだ。
そういう星の下にいるだけだ。

たけたけ(川上武範) 1975年7月生まれ。シンプルシンプルデザイン代表。シンプルシンプルデザイン起業時に、この「たびのと」を立ち上げ運用開始。最近(2020年4月15日現在)では、新たに、Filmpathy(フイルムパシー)を立ち上げるべく準備中。